
映画『市子』で数多くの映画賞に輝いた戸田彬弘監督の最新作『爽子の衝動』。10月10日(金)から新宿シネマカリテをはじめ全国で順次公開されます。本作はヤングケアラーの問題をテーマに取り上げ、彼らが抱え続ける問題に寄り添ったオリジナル作品。撮影背景や作品に込めた想いのほか、そして視聴者へのメッセージまでを紹介しています。弱者に寄り添い、登場人物に想いを寄せ、演じる役者を信頼し切る、戸田監督の人柄までも詰まった映画『爽子の衝動』は切なくも温かな秀作です。
今回「ヤングケアラー」の問題を取り上げた理由を聞かせてください。
よくドキュメント番組を録画するのですが、ある時「ヤングケアラー」の問題を取り上げた番組を見ました。現在、ヤングケアラーとして生活する方であったり、かつてヤングケアラーだった方の話を聞く番組です。登場する人の中でももっとも印象に残ったのが、母親の介護をずっとされてきた40歳代の方で、高校を出てから就職もできず、四六時中母親と二人だけの生活を送って来た方です。やがて母親は亡くなり、本人もうつ病を発症してしまい働けなくなってしまうのですが、なんとか頑張って働き始めるようになるまでのドキュメンタリーです。
ずっと母親の面倒(介護)を看ていると、二人で一人のような感覚に陥りやすいようです。「母親が亡くなられて自分自身の半分が無くなったような感覚になった」とコメントされており、それがとても衝撃でした。
ただ、社会人経験もなく外の世界を知らないため、いろいろな問題に直面されるんです。子どもの頃から家族の問題として、ずっと介護を続けてきたので、自分がヤングケアラーだという自覚もないんですね。その番組を見た時に「一体、この方の人生は誰が責任を取るんだろうか」と思い、ずっとそれが心に引っ掛かっていました。
介護制度などにもさまざまな問題があるかと思います。ただ、ヤングケアラーの境遇になった方が「自分の人生を優先して親から逃げる」「介護しなければならない身内をある意味で捨てる」、そういった自分が介護しなければならない状況で、介護しないことを選択した場合、どのような不幸なことが起きるのでしょうか。きっと、世間やメディアはその捨てた方を叩く傾向にあるような気がするんです。でも、そんな方々にこそ問いたいんです「ヤングケアラーとして母親が亡くなるまで介護を全うした時に、彼の人生のその後をどう思われるのですか」と。
そのことが自分の中でずっと引っ掛かっており、次に新作のオリジナル作品を作る時は、ヤングケアラーをテーマに脚本を書いてみようと思っていました。それが今回の作品の入口でした。

作品タイトルが『爽子の衝動』で前作が『市子』でした。主人公の名前をそのままタイトルに使う理由があれば教えてください。
『爽子の衝動』については「爽子」が中心の物語を作ろうとしたので、シンプルに名前を入れたいと思いました。「衝動」が追加されたのは、だいぶ後になってからです。はじめは『爽子の沈黙』などの案もあったのですが、撮影直前になって「衝動」を加えました。「爽子」自身も問題を抱えている女の子です。最後のシーンで、「爽子」の中で何が彼女にそうさせたのか、または動かしたのか、そこに行き着くまでの話でもあります。彼女の「衝動」に意識を向けても良いのではと考え付けました。
「爽子」の名前はどこから来たのでしょうか。
厳しい環境の中にあるキャラクターを描くからこそ、彼女に“個性”を与えたい気持ちがありました。よくある名前にはしたくなかったんです。『市子』でもそうでしたが、珍しい名前のなかでも女の子の名前の代名詞とも言える「子」を付けたいと思っていました。また、過酷な運命を背負わせることになるから、少しでも涼しい名前にしてあげたい個人的な感情で「そよかぜ」「さわやか」からの流れで「爽子」に決めました。
監督が主人公を慮っていることが名付けからも分かりますね。
「爽子」への愛情が伝わってきます。
作家の勝手な思いかもしれませんが(笑)。「市子」は無戸籍の子だったので「市井の子」から名前を付けました。「市子」もみんなと同じ普通の子ですよ、との意味合いで「市井」から「市」をもらって「市子」にしたんです。


主演の古澤さんに関して伺わせてください。思い通りのシーンが撮れたなどの手応えのあったカットはあったのでしょうか。
僕はあまり具体的なイメージ(答え)を固めて撮らないタイプかもしれません。そういった意味で「自分のイメージ通り」といった見方はせずに、役者と一緒にそれを探すような撮り方が多いと思います。
撮影中など古澤さんの抜擢を改めて良かったと感じられたことはありましたか。
初めからそう思っていたので、ここで良かったなとか思うことは実際にはなかったですね、最初から彼女に預けているので。それよりは「どこまで、どうなって行くんだろう」を一緒に楽しむようにしていました。監督なので、1シーン1シーンでのジャッジはしないといけないですし、実際にするんですが。また、作品全体として繋げた時に合っている合っていないではないですけど、“違っているか”は見ているんです。でも、最終的に映画になった時に「どうなるんだろう」はいつも分からないものです。
ただ彼女について言うなら、海のシーンが出てくるんですが、その時の表情が良かったんですよね。もうそれは古澤メイさんでは無かった。僕はその表情が好きで、それはすごく印象に残っているんです。
『市子』にも海のシーンが登場します。監督が海にゆかりのある方かと思ったのですが出身は奈良県のようですね。
そうです、奈良なんです(笑)。海無し県だから海への憧れがあるのかもしれないですね。ただ、撮影では海よりも家を大事に考えて、ロケハンをしました。今回の撮影に使ったあの家はものすごく良くて、立地も雰囲気も。海はその家からすぐの場所にあったんです。それで海のシーンも書きました。あと「爽子」のことも考えました。普段は遠くへ行けないので、近場をうろうろするならどこへ行くのだろうかと。実際のロケ地の実際の距離感に海があったので、きっとこういう場所へ来るんだろうなと思い撮影をしました。
では最後に監督からこの作品を通じて伝えたいことをお願いします。
始まりと終わりにある特徴があるのですが、それは“「爽子」の人生が前も後ろも続いていて、今はその一部分を見ている”印象にできる限りしたかったからなんです。作品を見たお客さんに「爽子」の人生、生活を持って帰っていただきたいんです。この境遇この状態の子がもし自分の身近に居たら、どう手を差し伸べられるのか。
ヤングケアラーをはじめ介護をとりまく状況は現状、より難しくなっているかと思います。「爽子」のことを助けてあげたい、寄り添ってあげたい、と思っていただけたら嬉しいです。自分の人生の身近に「爽子」のような人がいたり、そういった人に出会った時、この作品が一歩足を踏み込める後押しになったら嬉しいです。

【戸田彬弘監督:プロフィール】
戸田彬弘(とだ・あきひろ)。1983年生まれ。奈良県出身。チーズfilm代表取締役。チーズtheater主宰。映画監督、脚本家、演出家として活動。代表作である映画『市子』(2023年)では、日本アカデミー賞優秀主演女優賞や釜山国際映画祭コンペティション(ジソク)部門などに出品された。ほかに映画『名前』(2018年)、『僕たちは変わらない朝を迎える』 (2021年) 、『散歩時間~その日を待ちながら~』(2022年)などがあり、国内外の映画祭で受賞を果たす。また舞台『川辺市子のために』ではサンモールスタジオ選定賞2015最優秀脚本賞を受賞。2024年、KINDAIリーダーアワード文化・芸術部門賞を受賞するほか、チーズtheater全作品の作・演出を担当する。最新作の映画『爽子の衝動』(2025年10月10日公開)では、ヤングケアラーの問題を主人公「爽子」(古澤メイ)を通して社会に投じたオリジナル作品がある。
公式Instagram:@toda_akihiro
公式X:@cheesefilm_toda
公式サイト:https://www.cheese-film.co.jp/akihiro-toda
【映画情報】
2025年10⽉10⽇(⾦)
新宿シネマカリテ他にて順次公開
映画「爽子の衝動」

第20回ロサンゼルス日本映画祭 Short-Plus films部門 最優秀作品賞。
第20回大阪アジアン映画祭 インディ・フォーラム部門 正式出品
第14回マドリード国際映画祭 コンペティション部門 正式出品
第17回福岡インディペンデント映画祭 正式出品
四肢麻痺と失明を抱える父・保(間瀬英正)と暮らす19歳の爽子(古澤メイ)は、絵を学びたい夢を心に秘めたまま、介護と生活費のために日々を費やしている。生活保護の申請も水際作戦で通らず、社会から孤立していく中、唯一頼りにしていた訪問介護士が交代し、不安を募らせる。ある日、ケースワーカーの訪問をきっかけに、爽子の生活はさらに不安定になり、心のバランスを崩していく。そんな中、新しい介護士・さと(小川黎)が現れる。抑えきれない衝動が、爽子を取り返しのつかない行動へと駆り立てていく──。
<出演>
古澤メイ
間瀬英正 小川黎
菊池豪 遠藤隆太 木寺響 木村恒介 中川朱巳 / 黒沢あすか 梅田誠弘
<スタッフ>
監督・脚本・編集:戸田彬弘
プロデューサー:King-Guu、亀山暢央、戸田彬弘
アソシエイトプロデューサー:西原龍熙|ラインプロデューサー:深澤知
撮影:春木康輔|照明:藤井隆二|録音:北野愛有|美術:坂入智広|ヘアメイク:七絵|助監督:片山名緒子
MA・音響効果:吉方淳二|VFX:三輪航大|スチール:柴崎まどか|宣伝美術:大久保篤
挿入歌:「ダーリン」Norenn
インティマシーコーディネーター:西山ももこ |医療監修:堀エリカ|絵画指導:間瀬英正
製作:basil、チーズfilm
制作協力:ポーラスター|特別協賛:レジェンドプロモーション|制作プロダクション:チーズfilm
45分 アメリカンビスタ5.1ch
©「爽子の衝動」製作委員会2025年
公式HP:https://www.soyoko-movie.com
公式X:@soyoko_movie


