
江戸川乱歩没後60周年記念作品「RAMPO WORLD」として、今秋に公開になる映画3作品。第一弾として10月3日から公開されたのは、ウエダアツシ監督が手がけた作品『3つのグノシエンヌ』。主人公「西哲郎」役を射止めたのは舞台を中心に活躍してきた俳優・松田凌。インタビューでは、脚本から手がけたウエダ監督の本作に込めた想いやそのメッセージ、松田凌さんの映画愛と本作への愛着をしっかりと伺っています。2025年、没後60年の江戸川乱歩と没後100年のエリック・サティが共鳴する世界観をウエダアツシ監督が指揮した本作。“愛”の多様さを存分に堪能できる秀作です。
ウエダ監督に伺います。松田さんを主演に決めた理由を教えてください。
ウエダ監督:昨年の夏にWEB上で公開した『ミライヘキミト。』を撮ってみて、改めてお芝居を楽しいものとして実感できたんです。その後、玉田真也監督の映画『夏の砂の上』の編集を担当させていただいたんですが、その作品でもオダギリジョーさんや松たか子さん、満島ひかりさんらのお芝居を見て、ものすごく感銘を受けました。その流れがあって、お芝居を作りたい欲が高まって来た時期に、今回の映画制作がありました。なので、キャストも自分と同じようにお芝居に飢えている、お芝居がしたくてたまらなそうな人を探したいと思っていました。そういった中で、今回の「RAMPO WORLD」の別作品のオーディションに来ていた松田さんを見て、声をかけさせていただきました。お芝居が好きなのがすぐに分かりましたし、内に秘めた闘志というか何かを感じたんだと思います。

偶然の出会いから、松田さんの何か秘めたものを感じられたんですね。松田さんは、そういった経緯を監督から聞いていたのでしょうか。
松田:いいえ、いま初めて知りました(笑)。でも率直に嬉しいですね。オーディションを受けさせていただいた理由が、とにかく映画作品に参加したい気持ちだったことです。これまで舞台を中心に芝居をして来たのですが、それを経て今は“映画を作る現場に身を投じたい”気持ちが強くあるんです。もしかしたら、それを監督が感じ取って頂いたのかも知れません。

出演が決まったと聞いた時にはどういった気持ちだったでしょうか。
松田:二つ返事で「ぜひ、やらせていただきます!」という気持ちでした(笑)
『3つのグノシエンヌ』の作品名はどのように決められたのでしょうか。
ウエダ監督:原案の江戸川乱歩と「3つのグノシエンヌ」の作曲家として知られるエリック・サティには、とても親和性があると感じていました。大きく言えば、同時代を生きていながら、お互いに“異端児”と称されていたこともそう思えることの理由です。以前に谷崎潤一郎作品でも、今回の企画と同じ経験をしていました。『富美子の足』という作品なのですが、綺麗すぎる脚をもった女性の話で、その綺麗な脚を描写する時にショパンのノクターンが流れる演出をしました。今回の作品で、もしそういった演出をするならサティが良いなと考えました。実際に、脚本を書きながら聴いてもいたんです。またサティによる造語「グノシエンヌ」とはどんな意味なんだろうと調べてみたら、もとはギリシア語の「気づき」「認識」から派生したとの説があるようでした。「3つの気づき」なら、この作品にぴったりだと感じましたし、また一説だという曖昧さもかえって良いのではと思い、この作品のタイトルにしました。
その3つが何を指しているのか、を探りながら作品を見るのも楽しそうですね。
ウエダ監督:そういう見方も良いと思います。
撮影を始めるにあたって、監督から松田さんへの要望はあったのでしょうか。
ウエダ監督:松田さんが過去にあまりこういった作品に出ていた印象がなくて、衣装合わせの日だったと思いますが、突然「もし、このあと時間があれば、お茶でもしないか」と声を掛けたんです(笑)。そしたら「行きましょう」と言ってくれたんです。結局、昼から営業している大衆酒場でお酒を飲みながら話をすることになったのですが(笑)
松田:昼間から飲んじゃいました(笑)
ウエダ監督:それが大きかったですね。もちろん、映画の話もしたのですが、松田さんのパーソナルな部分や俳優としての考え方を知ることができて、共感する部分もありましたし、何より彼の人間力を感じることができました。松田さんが考える「西哲郎」を僕も見たいなと素直に思えたので、あとは松田さんが思うように演じてくれたら良いなという気持ちで現場へ挑みました。
その当時を振り返って、松田さんはいかがですか。
松田:僕が監督と話をしたがっているのを、監督が察してくださったと思っています(笑)
ウエダ監督:(笑)
松田:声を掛けていただいた時は、ぜひと思いましたし、何より監督の話をもっと聞いてみたかったです。僕が「映画の現場に身を投じたい」と言ったのも、演劇に比べて映画作品への経験少なかったので、監督が思いや考えを知れたらと思っていました。だから声を掛けてくださったのが嬉しかったです。実際、その時に話をさせていただいたことが、その後の撮影でも大きく活かせたと思います。なかでも特に覚えているのが「お芝居で出せるものをすべて出して欲しい」「持っているものを現場ではどんどん出して欲しい」と言ってくださったことです。実際に現場でも、メインとなる4人の出演者が居たのですが、監督は僕らのお芝居そのものや個性から生まれる化学反応をずっと楽しまれている印象がありました。なので僕ら出演者は撮影中、ひたすら脚本を通して目に浮かぶものを表現することを考えていました。

ほか3人と松田さん演じる「西 哲郎」が絡み合いながら物語が進む様子は見どころでした。
松田:みなさん、とても個性のある役者さんばかりなんです(笑)。前迫さんも安野さんもですし、岩男さんなんて……(笑)。同世代の方ばかりでしたし、みんなの芝居を見て、ここまでやってもいいんだとか、ここはこう演じているんだとか、撮影現場にいることが楽しかったです。
吸収できることも多かったようですね。
松田:はい。決して学びに撮影をしている訳ではないのですが、それでも自然と吸収できることがたくさんありました。


原案の短編『一人二役』では、主人公が文字通り2役を演じますが、本作では2役をふたりに演じてもらっています。設定を大きく変えた点について伺えますか。
ウエダ監督:現代劇にするのが無茶苦茶難しい原作だと思ったんです。
その「難しさ」を具体的に言うと。
ウエダ監督:原作を読んだ率直な感想は「落語の小噺のような小説」だなと思いました。真っ暗闇で夜這いに来た顔も見えない男に、主人公の妻が惹かれていく話です。100年前に書かれた小説とはいえ、なかなか現実には難しいと感じました。オチの部分として、愛と嫉妬に狂って人間の滑稽さを露呈していく姿は秀逸だと思ったんです。ただ、それまでがリアリティに欠ける。乱歩自身もリアリティを無視して小噺というか落とし話として書いたのでは?とも思いました。しかしこれを現代劇として生身の役者が演じるとなると、どうしてもリアリティは欠かせないので相当に悩みました。でも結果的には、この難題である「江戸川乱歩の『一人二役』を現代劇化する」こと自体を主人公に背負わせる、メタフィクション的な形式をとった物語にするアイデアを思いついたんです。



メタフィクションが原案と現代劇をうまく馴染ませたんですね。
先ほど「映画に身を投じたい」と話されていた松田さんがすべての撮影を終えた今、改めて感じた気づきや得たものは何でしょうか。
松田:抽象的にはなりますが、映画がもっと好きになりました。それは監督のおかげでもありますし、演者、撮影スタッフ、そういった関わるみなさんのおかげだと思います。クランクアップがラストのシーンだったのですが、クランクアップした途端に涙が出てきました。これで終わっちゃう、と思ったら涙が自然に。自分でも涙が出てきたことが不思議で、本当に映画が好きなんだと思いました。
松田さんの“映画愛”がこちらにも伝わってきます。
松田:その日の帰り、マネージャーが車で僕を送ってくれたんですけど、車内では僕がどういう風に映画が好きかをずっと熱弁するという、やや迷惑な時間になりました(笑)。映画という新しい世界で、新しくみなさんと出会って、自分がそこに没入できたり葛藤があったり、そういったものを含めて芝居が好きなんだと気づかされもしました。
ウエダ監督:「もっとやりたい、もっとやりたい」と言っていたよね(笑)
松田:「次はいつにしましょう?」と(笑)。でも本当にウエダ監督とでなかったら、こういう思いには至っていなかっただろうと思います。撮影中も、違う道に行きそうになった時にはきちんとディレクションをしていただきましたし、でも前提として自由にやらせていただいて。窪みにハマりそうな時は一緒になって待ってくれたりもしました。撮影の現場にいる方全員が、映画が好きで今ここにいるんだ、と思うとその好きな気持ちが現場に散りばめられている感じがして、ますます映画が好きになりました。
それでは最後に映画を見てくれる方々へメッセージをお願いします。
ウエダ監督:江戸川乱歩作品というと、少しグロテスクで、エロティックな印象を持たれる方も多いかと思います。もちろんそういうシーンもありますが、描いている大きなテーマは“人を愛すること”です。現実世界でも、愛情表現が苦手な方は結構多いと思うんです。映画の中の登場人物は、それが奇妙な方向に向かってしまうのですが、マインド的には共感していただけるところもあると思っています。普段見ない系統の映画だという方も見たら案外ハマってしまうかもしれませんので、ぜひ映画館まで足を運んでもらえたらと思います。
松田:見たら絶対に嫌いにならない作品だと思います。なぜなら、みんな心の奥底で持っている触れたことのない部分の共感が、この作品には隠れているからです。ある種、そのパンドラの箱を開ける楽しさがある作品です。現代では多くのものが溢れていますが、自分から手を伸ばさないと、こういった世界には入り込めないものかと思います。ぜひその箱を一度開けてほしいと思っています。この作品を通して、新しいものに向き合ってもらえたら嬉しいです。

【ウエダアツシ監督:プロフィール】

1977年生まれ。奈良県出身。近畿大学在学中に映画部に所属し、卒業後、雑誌・WEBの編集者を経て映像作家に転身。2014年に長編映画『リュウグウノツカイ』で監督デビューし、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」で北海道知事賞を受賞。2017年、『モータープール(仮)』で「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM」の準グランプリ・Filmarks賞を受賞する。代表作には2016年『桜ノ雨』、2017年『天使のいる図書館』、2021年『うみべの女の子』、2024年『ミライヘキミト。』などがある。2025年10月には江戸川乱歩没後60周年記念作品として、『3つのグノシエンヌ』が公開になる。
公式X:@uedaatsush
【松田凌:プロフィール】

松田凌(まつだ・りょう)。1991年9月10日生まれ。兵庫県出身。169cm。趣味:映画鑑賞、音楽鑑賞。特技:殺陣、アクション、絵画、少林拳空手(西日本優勝)、バスケットボール、水泳。キャストコーポレーション所属。
2012年、ミュージカル『薄桜鬼』にて初舞台初主演を務め、以降、『刀剣乱舞』『進撃の巨人』『東京リベンジャーズ』など多くの舞台に出演する。映像作品では、2013年『仮面ライダー鎧武/ガイム』に仮面ライダーグリドン役でレギュラー出演するほか、2023年公開の映画『その恋、自販機で買えますか?』や2024年公開映画『追想ジャーニー リエナクト』などでも主演を飾り話題になる。2025年10月には映画『3つのグノシエンヌ』で主人公「西哲郎」役を演じる注目の実力は俳優。
公式instagram:@matsudaryo_9
公式X:@ryo_matsuda0913
公式サイト:https://matsuda-ryo.com
【映画紹介】
映画『3つのグノシエンヌ』
10 月3 日(金)公開 シネマート新宿、池袋シネマ・ロサ他

本格推理小説や怪奇・幻想小説の祖として後世に名を残した作家・江戸川乱歩。数々の推理小説を世に送り出す一方で、 「人間椅子」「鏡地獄」など、怪奇、妄想、フェティシズム、狂気を滲ませた変格ものと称される作品も多く執筆している。本 作の原案である「一人二役」は、1925 年に発表された短編小説のひとつで、乱歩の造語である“奇妙な味”を堪能できる 作品。出演は、舞台・TV ドラマ、そして『追想ジャーニー リエナクト』など主演映画が続く松田凌。そして、『法廷遊戯』など の話題作の出演を経て、主演作『雨ニモマケズ』が公開された安野澄。舞台・TV ドラマを中心に活躍する岩男海史。監督は、 『うみべの女の子』のウエダアツシ。今年没後60 年を迎える江戸川乱歩の3 作品を、「RAMPO WORLD」と題して長編 映画化。晩秋の夜に、妖しくも美しい乱歩の世界へと誘う―。
監督・脚本・編集:ウエダアツシ
出演:松田凌 安野澄 岩男海史 前迫莉亜
岡本照磨 四家光葵 月石しのぶ 富樫 明 佐田川舞
原案:「一人二役」江戸川乱歩
製作:BBB/ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム
2025 年/日本映画/日本語/103 分/ビスタ/R15+
©2025「3 つのグノシエンヌ」パートナーズ
HP: gnossiennes-movie.com
公式X:@RAMPOWORLD
公式Instagram:@rampoworld




